私は図面を引き、現場ではなるべく自ら槌を振るう。設計と施工を分けないのは、現場でしか見えない「ズレ」をその場で捕まえたいからだ。
そして現場でしか見えない「伸び代」も確かにそこにある。
つくることは壊すことから始まる。今まで見えなかった部分が見えるようになって、こんなことができるかもしれないとか、逆にこれはできない(意味がない)とか発見がたくさんある。その場でそれを残さず捕まえて、弱点は逆転させて設計図をよりよいものに変えていく。柔軟に自由に、まだこの先に行けるかもしれない、っていう挑戦を重ねていける。それは私が大工であってなおかつデザインから作って設計しているからこそできることだと思う。
「棟梁」。かつてそう呼ばれていた大工の親方は、頭の中に立体図を描きながら現場を仕切っていた。お客さんの願いや土地の流れに耳を澄まし、材料の質を見極めクセを感じ取り、自分の技術・経験そしてセンスをすべて駆使して一軒の建物を作りあげる。そしてそのあとも建築と住む人に寄り添って長く安心して暮らしていけるようにしていく。
分業化・効率化の波の中でその存在は薄れていったけど、そんな今だからこそ私はそうありたいと思う。設計図はひとつの地図。目的地は決まっているが、雨の日も晴れの日も、どの道を通るかは、歩きながら肌で感じる風や景色に委ねる方が、ずっと面白い旅になる。
くらしであそべ。それは暮らす人にもつくる人にもそうであってほしいという願いでもある。